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● 戯曲「犬をつれた奥さん」  ●





車掌

豪華列車。喫煙者。
幕が開くと、男が新聞を読んでいる。(「パリ・マッチ」や「シュピーゲル」のような週刊誌でもよい。演出家の意図によって選ぶこと)
女が入ってくる。車掌が押しとどめる。

車掌  ここは立ち入り禁止です。(強い語気で)VIP専用ですから。
女  (制止をふり切って)レディに向かって失礼なことを言うと許しませんよ!
女は犬をつれている。犬は演出家の意図によって選んでよい。男には眼もくれず革バンドを渡す。男はそれをポイと窓の外に投げ出す。ふたりはお互いに無関心に顔を見ている。

男  (当然のように)ここはスモーキング・ルームだよ。
女は無関心に男を見る。男の雑誌を外に投げ出す。
男は葉巻に火をつける。
女はその匂いをかぐ、というより、鼻孔にケムリが入ってしまう。
男の口から葉巻をとってポイと窓の外に捨てる。
男は女を見る。イヌをポイと窓の外に捨てる。
女は男を見て、帽子を捨てる。(帽子は演出家の意図によって選んでよい)
男は女を見て、帽子を捨てる。(女の帽子も演出家の意図によって選ぶこと)
男は、リラックスした姿勢で足を組む。または、いちばん特徴のある動作をする。(ただし、観客が見て、すぐに想像がついてはならない)
女は男のネクタイ、またはそれに類するものをとって、窓の外に捨てる。
男はちょっと考えて、女が身につけているものを捨てる。
(女がそういうアクセサリをつけていない場合は、胸元に手を入れて、ブラジャーをひったくる。それも窓の外に捨てる)
女は男の足を見る。男の靴をひったくって、窓の外に投げる。
男も女をジロリと見て、女のシューズを窓の外にポイと捨てる。
女は男につかみかかって、コートを脱がせ、窓の外に投げ捨てる。
男は女を見て、スカートを脱がせる。
ふたりはとっ組みあい、フロアをゴロゴロころがる。
車掌が入ってきて、フロアにころがっているふたりに気がつく。

車掌  わが国ではポルノは禁止されておりますぞ!
男   おれが誰なのか、知らんのか、きさま! わが輩は―――である!
女   ほんとに失礼だわ。私は―――夫人なのよ! 国家機密を漏洩したら、強制収容所に放り込んでやるから!

                           ――幕――


劇作家はこの台本をすべての国の劇場に心をこめて提供する。
したがって、随時、上演を許可する。また、著作権使用料、上演料は無料とする。
最後の固有名詞は演出家の意図によって選んでよい。たとえば、わが輩はヒトラーである! とした場合には、私は、エバ・ブラウンよ! とする。私はチャウシェスクである! としたかったら、エレナ・チャウシェスクですよ! というふうに。
ただし、上演後の事態に劇作家は責任を負わないものとする。




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