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  アートエッセイ評伝創作エロス

第1章  プロローグ〈1〉

    プロローグ〈2〉

第2章  眼〈1〉

    眼〈2〉

第3章  鼻 1-1

    鼻 1-2

    鼻 1-3

    鼻 1-4

    鼻 2-1

    鼻 2-2

    鼻 3-1

    鼻 3-2

    鼻 3-3

    鼻 4-1

    鼻 4-2

    鼻 4-3

    鼻 4-4

 

第3章 鼻 1-1

 鼻という器官は、顔のなかでいちばん目立ちながら、いちばん語られることがない。これは鼻にとっては、不当な差別ではないか。

 M・デュフレンヌは「眼と耳」という、すぐれたモノグラフィーを書いたが、鼻について、文化史的な観察を書くことができるだろうか。書く人がいないとはかぎらないが、デュフレンヌほどの考察ができるだろうか。

 江戸の代表的な合巻作家といえば、やはり柳亭 種彦ということになる。
 そこで、「春情妓談 水揚帳」を読んでみた。冒頭、遊廓の「舞鶴屋」の新造、「菊の井」が紹介される。

    ここに怪しき臥具(やぐ)を設け、床の上に腹這になり、客の鼻紙袋からやたらに小菊を引き出して、枕紙をあてがってゐるは、舞鶴屋のつけ廻し菊里が番頭新造、菊の井と云ふ仇者にて、年の程は二十一、二、色白にてぽちゃぽちゃとしたる肉合ひ、黒目勝ちにて口もと可愛ゆく、座敷を持つよりも浮気をするにはこれがよいとの我儘者。

 小菊とあるのは、小さく切った和紙、つまり枕紙。番頭新造は、その店の太夫花魁の身のまわりの世話をする遊女。
 この女が「黒目勝ちにて口もと可愛ゆく」とされながら、鼻については何も語られない。つぎに、水茶屋の娘分「お初」が登場する。

    此所(ここ)ら辺(あたり)の茶店の奥派、蒲団も敷かず掻巻がはりのどてらを裾へ引っかけて、天の岩戸にあらねども、簾おろした床闇に、昼を夜はる二人寝に、ぼつぼつ話してゐる女は、ここの娘分お初と云ふ浮気者、はや鉄漿(かね)を食ひたがるとか、白歯はうるみ、眉毛(まみげ)も立ち、顔は少しあらびたれども、抱いて寝てどうかするには面白い真っ最中。

 と紹介される。「お初」も「白歯はうるみ、眉毛(まみげ)も立ち」としか描かれない。「はや鉄漿(かね)を食ひたがる」というのは、そろそろ結婚を考えているという意味だが、下層の遊女なのだから、当然、「金」を食いたがるという意味が重なってくる。こうした女性描写は、江戸から明治に入っても大きな変化は見られない。

 

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投稿者: Copyright(C) 中田耕治2005 All Rights Reserved 日時: 2007年08月09日 09:22


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